北国の歴史 5
上川離宮予定地
旭川駅の南東、忠別川と美瑛川に挟まれた所に150mほどの高さの神楽岡丘陵があります。
ここは上川創業期に上川離宮予定地に設定された所です。
上川離宮とは、上川開発に必要な移民を確保するには、本州以南の人々を上川移住に駆り立てる何かがなければならないとして、初代北海道庁長官岩村通俊や2代長官永山武四郎らが設置を画策したものです。
1889(明治22)年には、離宮を設置すべしという内閣総理大臣の指示が道庁にあり、さっそく測量調査のうえ、神楽岡を離宮予定地に選定するとともに、ここを含む忠別川と美瑛川・辺別川に挟まれた広い地域を世伝御料地に編入し、さらにその周辺地域に普通御料地を設定しました。
こうしたことから離宮の実現も間近と思われたが、札幌などの反対もあって結局、実現はしなかったのです。